想いの距離はカートひとつ分

「いらっしゃいませ〜!本日のおすすめは、こちらのプレミアム・アンガス・ビーフで〜す!ジューシーで柔らかくて、もう最高ですよ〜!」
みずなは自宅のベッドで、枕を抱きしめながら試食コーナーのおねえさんになりきっていた。
真剣な表情で、目の前の見えない客に語りかける。
「一口サイズにカットしてありますので、ぜひ召し上がってみてください〜!あ、お客様、もう一個どうぞ〜!」
そこまで言って、ふと我に返った。
「……私、何やってんだろう」
時刻は深夜0時過ぎ。明日はバーベキューの買い出しがある。8人分の食材。しかも一人で。
「無理だ……絶対無理……」
枕に顔を埋めて、小さくうめいた。
最初は4人の予定だったのに、気づけば参加者が倍になっていた。
しかも自分が食材担当。
大学時代の友達との久しぶりの集まりは楽しみだけど、この買い出しだけは本当にどうしたらいいのか。
スーパーで8人分の食材を買ったら、絶対に持ち帰れない。
タクシーを使う?でも、それだと予算オーバーだし……。
その時、スマホが光った。
LINEの通知。送り主は――ゆうな。
『まだ起きてる?』
みずなの心臓が、小さく跳ねた。
こんな時間に、珍しい。いや、二人で話していたら朝5時になったこともあるから、珍しくもないか。でも、向こうから連絡してくるのは少し珍しいかもしれない。
指が勝手に動いて、返信していた。
『起きてます。ゆうなさんも起きてるんですね』
即レス。
『うん。さっき、共通の友達から聞いたんだけど、明日バーベキューやるんだって?』
「え……」
思わず声が出た。情報入るの、早くない?
『そうなんです。大学時代の友達と』
『結構人数くるみたいだね。8人分?の食材買い出し、一人でやるの大変じゃない?』
みずなは、スマホを握る手に力が入った。
そう。大変なのだ。すごく大変なのだ。でも、それをどう伝えたらいいのか分からなくて、一人でずっと悩んでいた。
『……正直、すごく大変です。どうしようかと思ってて』
すぐに、吹き出しが現れた。
『だと思った。じゃあ、手伝うよ。車出すし、コストコ行こう』
「コストコ……!」
そうか、コストコ。大容量で、まとめ買いができる。車があれば運搬も問題ない。なぜ自分は思いつかなかったのだろう。
いや、思いついても、一人で会員登録して、一人で買い物して、一人で運んで……と考えたら、ハードルが高すぎて諦めていたのかもしれない。
でも、ゆうなさんと一緒なら。
『本当ですか!?助かります……!』
『明日の朝、迎えに行くよ。何時がいい?』
『9時とか……大丈夫ですか?』
『全然。じゃあ9時にね。おやすみ』
『おやすみなさい、ゆうなさん』
スマホを胸に抱いて、みずなは小さく息を吐いた。
ゆうなさんと、コストコ。
なんだか、それだけで少しドキドキしてしまう。いや、ドキドキというより、楽しみというべきか。
二人で買い物するのは、いつものドンキホーテやスーパーとはまた違った雰囲気になりそうだ。
「試食コーナー、あるかな……」
そんなことを呟いて、みずなはようやく布団に潜り込んだ。
翌朝、9時ちょうど。
みずなのマンションの前に、黒い車が滑り込むように停まった。運転席から降りてきたのは、白いTシャツにデニムという、シンプルだけどどこか爽やかな雰囲気を纏ったゆうなだった。
「おはよう、みずな」
「おはようございます、ゆうなさん!」
みずなは手に持ったトートバッグを揺らしながら、小走りで近づいた。バッグの中には、昨夜慎重に作った買い物リストと、エコバッグが3つ入っている。
「リスト、ちゃんと作ってきた?」
「もちろんです!参加者の好みも調べて、完璧です!」
ゆうなは、くすりと笑った。
「さすが。じゃあ、行こうか」
助手席に乗り込むと、車内はほのかに柑橘系の香りがした。ゆうなさんらしい、控えめだけど心地いい香り。
「シートベルト、した?」
「はい」
車が静かに発進する。土曜日の朝、都内の道路は意外と空いていた。
「今日のバーベキュー、久しぶりにみんなで集まるんだって?」
「そうなんです。大学卒業してから、みんなバラバラになっちゃって。でも、最近また連絡を取り合うようになって」
「いいね。楽しみでしょ?」
みずなは、窓の外を見ながら頷いた。
「はい。すごく楽しみです。みんなに会えるの、本当に久しぶりで」
本当は、ゆうなさんと二人でコストコに行くことも、同じくらい楽しみだった。
でも、それは口には出さない。出せない。
「みずなは、大学時代どんな感じだったの?今みたいに、控えめな感じ?」
「え、控えめ……ですか?」
「うん。いつも静かに話聞いてて、でも心を許した人には素の自分を見せるっていうか」
みずなは、少し驚いた。
ゆうなさんは、自分のことをそんなふうに見ていたのか。
「……多分、今とあんまり変わらないです。大学の時も、仲いい子たちとは飾らずにいられたけど、大勢の前だと緊張しちゃって」
「そっか。でも、それでいいと思うよ。無理に変わる必要ないし」
ゆうなの言葉は、いつも優しかった。
押し付けがましくなく、でも確かに寄り添ってくれる。だから、一緒にいると安心できる。
「ゆうなさんは……大学時代、どんな感じだったんですか?」
「俺?俺はもう、完全に目立たないタイプ。サークルの端っこで、ひたすら音楽聴いてた」
「意外です。今、DJやってるくらいだから、もっと中心にいたのかと」
ゆうなは、少しだけ苦笑した。
「DJ始めたのは、社会人になってからだよ。大学時代は、ただの音楽オタクだった」
「でも、それがきっかけで今のゆうなさんがあるんですよね」
「……そうかもね」
信号待ちの間、ゆうなはちらりとみずなを見た。
「みずなは、俺のことどう思ってる?」
「え……?」
突然の質問に、みずなの心臓が大きく跳ねた。
「いや、なんていうか。一緒にいて楽しいとか、話しやすいとか、そういうの」
「あ……はい。すごく、楽しいです。ゆうなさんと話してると、気づいたら朝になってたりするし」
「俺もだよ。みずなと話してると、時間忘れる」
その言葉が、胸に沁みた。
でも、その「楽しい」の先に、恋愛感情があるのかと聞かれたら、きっとゆうなさんは首を横に振るのだろう。
それは分かっている。
自分の中にある、この微かな想いは、きっと一方通行だ。
でも、それでいい。
こうして一緒にいられるだけで、十分幸せだから。
「あ、着いたよ」
ゆうなの声で、現実に引き戻された。
目の前には、巨大な倉庫型の建物。
COSTCO
大きな看板が、青空を背景に輝いていた。
「わあ……大きい……」
「初めて?」
「はい。テレビでは見たことあるんですけど、実際に来るのは初めてです」
ゆうなは駐車場に車を停めると、会員カードを取り出した。
「じゃあ、行こうか。カート、押してみる?」
「押します!」
みずなは、少し興奮気味に答えた。
コストコのカートは、普通のスーパーよりも大きい。そして、これから二人でこのカートを満たしていくのだと思うと、なんだか特別な気分になった。
入口で、ゆうなが会員カードを提示する。スタッフの女性が、にこやかに迎えてくれた。
「いらっしゃいませ〜」
中に入ると、そこは別世界だった。
天井が高く、通路が広く、商品が山積みになっている。普通のスーパーの3倍……いや、5倍はありそうな広さだ。
「すごい……」
思わず、声が漏れた。
「でしょ?最初はみんな圧倒されるよ。商品あるところは大体わかるから安心して。」
ゆうなは、カートを軽々と押しながら、みずなを誘導した。
「まず、リスト見せて」
みずなは、トートバッグからメモを取り出した。
「えっと……お肉は、牛肉と豚肉と鶏肉。野菜は、玉ねぎ、ピーマン、ズッキーニ、トウモロコシ……」
「8人分だから、結構な量だね」
「そうなんです。だから、一人じゃ絶対無理だったんです」
「そっか。でも大丈夫だよ。ゆっくり買う物を探していこう。」
ゆうなの頼もしい言葉に、みずなは安心した。
最初に向かったのは、精肉コーナー。
「うわ……」
巨大なパックに入った牛肉が、ずらりと並んでいる。
「これ、一パックで何人前なんですか……?」
「多分、10人前くらいかな。でも、バーベキューだとみんな結構食べるし、ちょうどいいと思うよ」
ゆうなは、慣れた手つきで牛肉のパックを手に取り、ラベルを確認した。
「このアンガスビーフ、柔らかくておいしいよ。試食で食べたことあるけど、評判いい」
「じゃあ、それにします!」
みずなは、嬉しそうに頷いた。
カートに、大きな牛肉のパックが入る。それだけで、すでにカートの4分の1が埋まった。
「次は、豚肉だね」
「あ、豚バラがいいって、友達が言ってました」
「了解。じゃあ、こっち」
二人で豚肉コーナーを物色する。ここでも、普通のスーパーでは見たことがないような大容量パックばかりだ。
「これとか、どう?」
ゆうなが指差したのは、厚切り豚バラ肉の2キロパック。
「2キロ……すごい……」
「足りるかな?」
「足ります、足ります!」
豚肉もカートへ。そして、鶏肉。
「鶏肉は、もも肉がいいかな」
「ゆうなさん、詳しいですね」
「バーベキュー、結構やってるからね。肉の選び方とか、自然と覚えた」
そう言って、ゆうなは鶏もも肉の大パックを手に取った。
「これで、肉は揃ったね」
「はい!次は、野菜です!」
みずなは、リストを見ながら次のコーナーへと歩き出した。
その後ろを、ゆうながカートを押しながらついてくる。
野菜コーナーも、圧巻だった。
玉ねぎは、ネットに10個入り。ピーマンは、袋に20個入り。トウモロコシは、6本セット。
「これ、全部買ったら……」
「大丈夫。バーベキューだと、意外と全部使うから」
ゆうなの言葉を信じて、みずなはどんどんカートに入れていった。
ズッキーニ、パプリカ、レタス、トマト。
気づけば、カートが野菜で埋まっていく。
「あ、あとキノコ類も欲しいです」
「シイタケとか?」
「はい。あと、エリンギも」
「了解」
ゆうなは、キノコのパックを取って、カートに入れた。
そして、調味料コーナーへ。
「焼肉のタレは……」
「あ、これ!」
みずなが指差したのは、巨大なボトルに入った焼肉のタレ。
「これ、2リットルくらいあるよ?」
「大丈夫です!余ったら、私が持って帰ります!」
「……みずな、意外と大胆だね」
ゆうなは、くすりと笑った。
「だって、このタレ、おいしそうなんですもん」
「確かに。じゃあ、入れよう」
「そうだ、忘れちゃいけないのがハイローラ!絶対に食べたかったんです」
「確かにおいしいよね、みずなが食べたいって聞いて食べ物の好みが一緒だね」
二人で買い物するって楽しいな、気持ちで確認できたと認識しあった感覚を覚えた。
その後タレと一緒に、塩コショウ、オリーブオイル、レモン汁も購入。紙皿と割り箸も見つけてカートに入れた。
「あとは……」
リストを見ながら、みずなは首を傾げた。
「飲み物とデザートですね」
「飲み物は、ビールとソフトドリンクかな」
「はい。ビールは……」
「こっち」
ゆうなが案内したのは、酒類コーナー。ここにも、巨大なケースに入ったビールがずらりと並んでいる。
「24缶入りで、これは……お得だね」
「買います!」
「重いけど、大丈夫?」
「ゆうなさんが持ってくれるんですよね?」
みずなは、少しだけ甘えた声で言った。
ゆうなは、少しだけ驚いた顔をしてから、笑った。
「……うん、持つよ」
その笑顔に、みずなの胸が温かくなった。
ビールのケースをカートに入れ、次はソフトドリンク。
炭酸水、オレンジジュース、コーラ。全て大容量パック。
「これで、飲み物は完璧です」
「あとは、デザートだね」
「デザート……」
みずなは、少し考えた。
「アイスとか、どうですか?」
「いいね。コストコのアイス、種類豊富だよ」
冷凍食品コーナーに向かうと、そこには巨大な箱に入ったアイスがずらり。
「うわ……これ、何個入ってるんですか……」
「多分、50個くらい」
「50個!?」
「でも、8人で食べたら、一人6個ちょっとだよ。余裕でしょ」
「……確かに」
みずなは、納得してアイスをカートに入れた。
「あと、フルーツもあるといいかも」
「フルーツ!いいですね!」
フルーツコーナーには、巨大なパックに入ったイチゴ、ブドウ、パイナップルがあった。
「イチゴ、好きなんです」
「じゃあ、入れよう」
ゆうなが、イチゴのパックを持ち上げた。その重さに、少しだけ腕が震える。
「……結構重いな」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫」
そう言って、ゆうなはイチゴをカートに入れた。
「これで、リストのものは全部揃ったね」
みずなは、リストを見返して頷いた。
「はい!完璧です!」
「じゃあ、レジに……」
「あ、待ってください!」
みずなは、ゆうなの腕を掴んだ。
「どうした?」
「試食……試食コーナー、まだ見てないです……!」
ゆうなは、一瞬きょとんとした顔をしてから、笑った。
「そっか。試食、楽しみにしてたんだ」
「はい……!コストコの試食、有名じゃないですか。一度食べてみたかったんです」
「そっか、じゃあ行ってみよっか」
二人は、試食コーナーを探して店内を歩き回った。
すると、奥の方で、エプロン姿のスタッフが小さなテーブルを囲んでいるのが見えた。
「あ、あった!」
みずなは、小走りで駆け寄った。
試食コーナーには、小さな紙カップに入った一口サイズの食べ物が並んでいる。
「本日のおすすめは、こちらのチーズケーキです!濃厚で、甘さ控えめで、とってもおいしいですよ〜」
スタッフの女性が、にこやかに説明してくれる。
みずなは、紙カップを一つ取った。そして、もう一つ。
「ゆうなさんの分も」
「ありがとう」
二人は、その場でチーズケーキを口に入れた。
「……おいしい」
「ね。濃厚だけど、まろやかで口の中でチーズの味が広がっていく」
「これ、買いたいです」
「じゃあ、戻って取ってこようか」
「いいんですか!?」
「もちろん。みずなが食べたいなら」
ゆうなの言葉に、みずなは嬉しくなった。
「ありがとう、ゆうなさん!」
二人は、再びチーズケーキのコーナーへ戻り、大きな箱に入ったチーズケーキをカートに追加した。
「これで、本当に完璧ですね」
「うん。でも、カート、もう満タンだね」
見れば、カートはもう商品で溢れそうになっていた。
「すごい量……」
「8人分だからね。でも、これだけあれば安心でしょ」
「はい。本当に、ゆうなさんのおかげです」
みずなは、心から感謝の気持ちを込めて言った。
ゆうなは、少しだけ照れくさそうに笑った。
「別に、大したことしてないよ。ただ、車出して、一緒に買い物しただけだし」
「でも、それがすごく助かったんです。一人じゃ、絶対にできなかったから」
「……そっか」
ゆうなは、みずなの頭を軽くぽんぽんと叩いた。
「じゃあ、レジ行こうか」
「はい!」
レジに並び、コンベアが空いたので商品を次々と並べていった。
スタッフがどんどん商品をスキャンしていく。そして、会計。
「合計で……」
金額を聞いて、みずなは少しだけ目を丸くした。
「意外と、安いんですね……」
「大容量だからね。一個あたりの単価は安いんだよ」
「たくさん買えたからお得感ありますね」
会計を済ませ、フードコーナーが目に飛び込んできた。
みずながメニューをじっとみているが、この後バーベキューを食べるのでここでおなかいっぱいになっちゃうと食べれなくなってしまう。
でもせっかく来たから何か食べたい、つい
「ゆうなさん、半分こするで1つ買いません?」
「おなかいっぱいにならない程度なら。じゃあ巨峰スムージーは?」
「いいかも。じゃあ買ってきます。」
足取り軽く、みずなはスムージーを買いに行ったが、つい余計に多く買ってくるのか心配だったが、バーベキューが楽しみなのか、スムージーだけを買ってきた。
そのまま大きなカートを押して外へ。
駐車場に停めた車まで運び、トランクに荷物を詰め込んでいく。
「保冷剤もあるし、フードデリバリーの保温バックも持ってきたから。容量大きいから、たくさん入るしこういう時はすごく便利なんだ」
全ての荷物を積み終えた時には、二人とも少しだけ汗ばんでいた。
「ふう……」
みずなは、額の汗を拭った。
「買い出し完了。じゃあ、お台場に向かおうか。ちょっとスムージー飲んでみたら!」
「すごい、おいしい。ゆうなさんも飲んでみて」
「暑くなったから冷たいのがうれしいね。おいしいよ!」
車は、再び走り出した。
コストコからお台場までは、30分ほど。
「今日は天気もいいし、バーベキュー日和だね」
「そうですね。みんな、喜んでくれるといいな」
「絶対喜ぶよ。こんなに豪華な食材、用意してくれたんだから」
ゆうなの言葉に、みずなは少しだけ胸を張った。
「ゆうなさんのおかげです」
「いや、みずなが頑張ったからだよ」
バーベキュー会場に着くと、すでに友達たちが集まっていた。
「みずな〜!」
「遅かったね〜」
「ごめん、ごめん!でも、すごい食材買ってきたから!」
みずなは、トランクを開けて、中の荷物を見せた。
「うわ!すごい量!」
「これ、全部コストコで買ったの!?」
「うん!ゆうなさんが手伝ってくれて」
みずなは、ゆうなを紹介した。
「こちら、ゆうなさん。今日、車出してくれて、買い物も手伝ってくれたんです」
「はじめまして。ゆうなです」
ゆうなは、軽く頭を下げた。
「わ〜、イケメン〜!」
「みずな、こんな友達いたの!?」
友達たちが、キャーキャーと騒ぐ。
みずなは、少しだけ恥ずかしくなった。
「えっと、ゆうなさんは……友達、です」
「友達?本当に〜?」
「本当だよ!」
そんなやり取りをしながら、みんなで荷物を運んだ。
バーベキュースペースに食材を並べると、それはもう圧巻の光景だった。
「これ、8人で食べきれる?」
「余ったら、持って帰ればいいじゃん」
「そうだね〜」
ゆうなは、食材を全て運び終えると、みずなに声をかけた。
「じゃあ、俺はこれで」
「え……帰っちゃうんですか?」
みずなは、少しだけ寂しそうに聞いた。
ゆうなは、少し考えてから答えた。
「うん。みずなの友達との時間、邪魔しちゃ悪いし」
「そんなこと……」
言いかけた時、友達の一人が口を挟んだ。
「ゆうなさん、せっかくだから一緒に食べていきませんか?手伝ってくれたんだし」
「そうそう!一緒に楽しみましょうよ!」
他の友達たちも、口々にゆうなを誘った。
ゆうなは、少しだけ困ったような顔をして、みずなを見た。
みずなは、小さく頷いた。
「……一緒に、いてください」
その言葉に、ゆうなは少しだけ表情を緩めた。
「分かった。じゃあ、お言葉に甘えて」
「やった〜!」
友達たちが拍手をする。
みずなは、胸の奥が温かくなるのを感じた。
ゆうなさんと、もう少し一緒にいられる。
それだけで、今日が特別な日になった気がした。
バーベキューが始まった。
火を起こし、網の上に肉や野菜を並べていく。
ジュウジュウと音を立てて、肉が焼けていく。その香ばしい匂いが、海風に乗って広がった。
「うわ、このお肉、めっちゃ柔らかい!」
「野菜も新鮮!」
「みずな、ナイスチョイス!」
友達たちが、口々に褒めてくれる。
みずなは、嬉しくて仕方なかった。
「これ、全部ゆうなさんが選んでくれたんです」
「ゆうなさん、センスいいですね〜」
「いやいや、みずながリスト作ってくれてたから」
ゆうなは、謙遜しながらも、少しだけ嬉しそうだった。
みずなは、そんなゆうなの横顔をちらりと見た。
普段は口数少なくて、目立たないタイプのゆうなさん。でも、こうして人と接している時の優しさが、自然と周りに伝わっていく。
「ゆうなさん、お肉焼くの上手いですね」
「バーベキュー好きで、よく行くからね」
「へ〜、よくやるんですか?」
「そうだね。自然の中でご飯作ってみんなで食べるの好きなんだ」
そんな会話をしながら、みんなでワイワイと食べた。
好きな飲み物を飲んで、肉を焼き、笑い合う。
空は青く、海風が心地よく、時間がゆっくりと流れていく。
「ねえ、みずな」
友達の一人が、小声で耳打ちしてきた。
「ゆうなさんって、彼氏?」
「ち、違うよ!友達だって言ったじゃん!」
「でも、いい雰囲気じゃん。二人とも」
「そんなことないよ……」
みずなは、顔が熱くなるのを感じた。
確かに、ゆうなさんとは仲がいい。でも、それは友達としてなのかもしれない。
……本当に、友達として?
自分の気持ちが、少しだけ分からなくなった。
「みずな、大丈夫?顔赤いよ?」
ゆうなが、心配そうに声をかけてきた。
「あ、大丈夫です!ちょっと、暑くて……」
「無理しないでね。水、飲む?」
「あ、ありがとうございます」
ゆうなが、ペットボトルの水を渡してくれた。
その優しさが、また胸に沁みた。
バーベキューは、夕方まで続いた。
肉も野菜も、ほとんど食べ尽くした。デザートのアイスとフルーツも、みんなで分け合った。
「あ〜、お腹いっぱい」
「最高だった〜」
「みずな、ありがとう!」
友達たちが、満足そうに笑っている。
みずなも、心から楽しかった。
久しぶりにみんなと会えて、たくさん笑って、おいしいものを食べて。
そして、ゆうなさんも一緒にいてくれた。
「じゃあ、片付けよう」
みんなで協力して、使った食器やゴミを片付けた。
バーベキュースペースを元通りにして、荷物をまとめる。
「ゆうなさん、今日は本当にありがとうございました」
友達たちが、ゆうなに頭を下げた。
「いえいえ。楽しかったです」
「また、近いうちに集まりましょうよ!」
「ぜひ」
ゆうなは、にこやかに答えた。
そして、みずなとゆうなは、車に荷物を積み込んで、帰路についた。
「疲れた?」
「ちょっと、疲れました。でも、すごく楽しかったです」
みずなは、助手席で伸びをした。
「友達、みんないい人だったね」
「はい。久しぶりに会えて、嬉しかったです」
「また、こういう機会あるといいね」
「そうですね」
車は、夕暮れの道を走っていく。
空がオレンジ色に染まり、海が夕日を反射してキラキラと光っている。
「ゆうなさん」
「ん?」
「今日、本当にありがとうございました」
みずなは、真剣な顔でゆうなを見た。
「手伝ってくれて、一緒にコストコ行ってくれて、バーベキューまで参加してくれて……本当に、嬉しかったです」
ゆうなは、前を向いたまま答えた。
「別に、大したことしてないよ」
「大したことです。ゆうなさんがいなかったら、今日は成功しなかったと思います」
「……そんなことないって」
「ゆうなさん」
みずなは、少しだけ声を震わせた。
「私、ゆうなさんと一緒にいると、すごく安心するんです」
ゆうなは、少しだけ驚いた顔をした。
「安心?」
「はい。なんていうか……ゆうなさんは、いつも私のことを考えてくれて、優しくしてくれて。だから、一緒にいると、何も心配しなくていいって思えるんです」
「……みずな」
「これからも、ずっと一緒にいたいです」
その言葉を口にした瞬間、みずなの胸が高鳴った。
これは、友達としての言葉?
それとも……。
ゆうなは、少しだけ沈黙した。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「俺も、みずなと一緒にいると楽しいよ」
「……本当ですか?」
「うん。話してると時間忘れるし、みずなといると、なんか落ち着く」
「私も、です」
みずなは、小さく微笑んだ。
「じゃあ、これからもずっと、一緒にいましょう」
「うん。ずっと」
ゆうなも、優しく笑った。
その笑顔を見て、みずなは思った。
この関係が、恋愛なのかどうかは分からない。
でも、この距離感が、今はとても心地いい。
カートひとつ分の距離。
近すぎず、遠すぎず。
でも、確かに寄り添っている。
そんな二人の関係が、みずなは好きだった。
車は、夕暮れの中を走り続けた。
二人の想いを乗せて。
みずなのマンションに着いた時には、すっかり日が暮れていた。
「着いたよ」
「ありがとうございます」
みずなは、シートベルトを外して、車から降りた。
トランクから、余った食材を取り出す。
「これ、持って帰る?」
「はい。明日の夕飯にします」
「じゃあ、気をつけてね」
ゆうなが、食材の入った袋を渡してくれた。
その時、二人の手が触れた。
一瞬だけ。
でも、その一瞬が、妙にドキドキした。
「……ありがとうございます」
「うん。おやすみ、みずな」
「おやすみなさい、ゆうなさん」
みずなは、マンションに向かって歩き出した。
数歩歩いてから、振り返った。
ゆうなの車が、まだそこにあった。
ゆうなは、窓から手を振ってくれた。
みずなも、手を振り返した。
そして、車が走り去るのを見届けてから、マンションに入った。
部屋に戻ると、みずなはベッドに倒れ込んだ。
「はあ……」
大きく息を吐く。
今日一日が、走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
コストコでの買い物。
試食コーナーでの笑い合い。
バーベキューでのワイワイとした時間。
そして、帰り道での会話。
「ずっと、一緒にいたい……か」
自分で言っておいて、恥ずかしくなった。
あれは、友達としての言葉だったのか。
それとも、もっと違う意味があったのか。
自分でも、よく分からない。
ただ一つ言えるのは、ゆうなさんと一緒にいると、とても幸せだということ。
この気持ちが、恋なのかどうかは分からない。
でも、この関係を大切にしたい。
ずっと、ずっと。
みずなは、枕を抱きしめて、目を閉じた。
そして、小さく呟いた。
「おやすみなさい、ゆうなさん」
その夜、みずなは幸せな夢を見た。
コストコのカートを押しながら、ゆうなさんと笑い合う夢を。
試食コーナーで、二人で美味しいものを食べる夢を。
そして、これからもずっと一緒にいる夢を。
二人の想いは、カートひとつ分の距離。
近すぎず、遠すぎず。
でも、確かに繋がっている。
そんな二人の関係が、これからどう変わっていくのか。
それは、まだ誰にも分からない。
ただ一つ確かなのは、二人がこれからも一緒に笑い、一緒に時間を過ごし、一緒に歩いていくということ。
それだけで、十分だった。