東京の12月は寒いけれど、初めて訪れた場所で灯りを見上げた夜

東京の12月は寒いけれど、初めて訪れた場所で灯りを見上げた夜
「ゆうなさん、馬、走ってますね」
みずなが白い息を吐きながら、パドックの方を指差した。
「うん、走ってるね」
僕も白い息を吐きながら答えた。でも、僕たちは馬券を一枚も買っていない。そもそも、馬券の買い方すら知らない。
12月の東京シティ競馬場。午後7時。気温は5度を下回っていた。
場内アナウンスが何かを叫んでいる。きっと重要なことを言っているのだろうけど、僕たちにはまるで関係がなかった。僕たちがここに来た理由は、ただ一つ。
イルミネーションだ。
「寒いですね」
「うん、寒いね」
みずなの頬が赤くなっている。僕の耳も冷たくて感覚がない。
こんなに寒いのに、なぜか二人とも笑っていた。
時間を少し戻そう。
12月に入ってから、東京の気温は一気に下がった。朝、家を出るときにコートのボタンを全部留めないと外に出られないくらい、冬が本格的にやってきた。
ずっと東京に住んでいるゆうなにとって、この街の気候は時々不思議に思えている。
夏は38度を越える日があって、アスファルトからの照り返しで駅まで歩くだけで汗だくになる。冬は氷点下近くまで冷え込む日もあって、指先の感覚がなくなるほど寒い。そして数年に一度、雪が降って、街全体が機能不全に陥る。
「気温の上下までも、全国上位にならなくてもいいのに」
そう思うことがある。
でも、不思議なことに、それでも東京を離れようとは思わなかった。この街で生まれて、この街で育って、この街で働いて。極端な気候も含めて、これが僕の日常だった。
ただ、日々ばたばたと生活していると、季節の移り変わりを忘れてしまうことが多い。
朝起きて、会社に行って、仕事をして、帰って、寝る。
その繰り返しの中で、いつの間にか夏が終わり、いつの間にか冬が来る。
気づいたら12月になっていて、街がイルミネーションで彩られていて、ああもうそんな時期か、と思う。
そんな日々だった。
でも、みずなと過ごすようになってから、少し変わった気がする。
季節を、意識するようになった。
「今日は寒いですね」
みずなのそんな一言で、ああ確かに冬なんだな、と実感する。
「夏、暑かったですね」
みずなのそんな言葉で、ああそういえばあの暑さはすごかったな、と思い出す。
日々の忙しさに流されて忘れてしまいそうになる季節の変化を、みずなが教えてくれる。
それが、なんだか心地よかった。
僕が勤める外資系IT企業は、天王洲アイルにオフィスを構えている。窓からは運河が見え、天気のいい日は対岸のビル群がきれいに見える。でも、12月の曇り空の下では、その景色もどこか寂しげだった。
この時期、海外の本社やクライアントは年末モードに入る。ハッピーホリデーの雰囲気で、新しいプロジェクトの立ち上げは控えめになり、サービスの大型リリースも年明けまで待つことが多い。だから、僕たち日本オフィスにとっては、比較的じっくりと仕事に向き合える時期でもある。
その日も、オフィスで資料をまとめながら、ふと去年の12月のことを思い出した。
みずなと東京駅の丸の内側でイルミネーションを見に行ったんだ。
あの日も寒かった。でも、人の多さはもっとすごかった。駅前は観光客やカップル、家族連れでごった返していて、イルミネーションはきれいだったけど、落ち着いて見ることができなかった。みずなも「きれいですね」と言いながら、少し疲れていた顔をしていた記憶がある。
人混みが苦手なみずなに、あまりいい思い出を作ってあげられなかったな、と少し後悔していた。
そんなとき、スマホのニュースアプリに一つの記事が流れてきた。
「東京シティ競馬場、冬のイルミネーション開催中」
競馬場?
僕は競馬をやらない。馬券の買い方も知らないし、レースの見方もわからない。でも、記事の写真を見て、目を奪われた。
きらびやかなイルミネーションが、夜の競馬場を彩っている。しかも、写真に写っている人はまばらだった。
これだ、と思った。
すぐにみずなにメッセージを送った。
『みずな、今年もイルミネーション見に行かない?』
返信は5分後。
『行きたいです!どこですか?』
『東京シティ競馬場』
『…競馬場?』
『うん、イルミネーションやってるらしい。人少なそうだし、天王洲の隣の駅だから、僕も行きやすいし、みずなも乗り換え少ないと思う』
『競馬場、行ったことないです』
『僕もない』
『じゃあ、行きましょう!』
みずなの返信には、絵文字が一つついていた。小さな笑顔のマークだった。
待ち合わせは、12月の金曜日。その日は仕事を早く終わらせる為にいつも以上に集中し、なんとか時間内に終わらせた。
大井競馬場前駅の改札。午後6時。
僕は5分前に到着して、改札の外で待っていた。東京モノレールの駅は小さくて、改札もひとつしかない。人通りは少なく、静かだった。
「ゆうなさん」
後ろから声がして、振り返るとみずながいた。
ベージュのロングコートに、白いマフラー。いつもより少しだけ、丁寧に髪をセットしているように見えた。
「待った?」
「ううん、今来たところ」
みずなが小さく笑った。僕も自然と笑顔になる。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
二人で駅を出ると、目の前に東京シティ競馬場のエントランスが見えた。想像していたよりも、ずっと大きかった。
「すごい…」
みずながぽつりと呟いた。
「ね」
僕も同じことを思っていた。競馬場って、こんなに大きいんだ。
正面ゲートに向かって歩く。足元のアスファルトは冷たく、吐く息が白い。12月の夜、気温はどんどん下がっていく。
ゲートの前には、小さな入場口があった。
「入場料、100円だって」
みずなが看板を見て、驚いたように言った。
「え、100円?」
「そうみたいです」
僕も看板を確認した。確かに、入場料100円と書いてある。
「都内で100円って、あるんだね」
「ですよね。ドンキのコーヒーより安いです」
みずなが笑いながら言った。僕たちは二人ともドンキホーテが好きで、よく買い物の話をする。ドンキの100円コーヒーは、みずなのお気に入りだった。
「それより安いって、すごいよね」
「なんか、得した気分です」
みずなの頬が緩んでいる。僕も嬉しくなった。
入場口で200円を払い、中に入る。100円ずつ、二人分。
「ありがとうございます」
係員の人に笑顔で言われて、僕たちも会釈をした。
場内に入ると、広い空間が広がっていた。
「わあ…」
みずなが目を丸くしている。
競馬場の中は、想像以上に開放的だった。目の前にはトラックが広がり、その向こうにはスタンドが見える。夜空の下、照明が点々と灯っていて、どこか幻想的な雰囲気があった。
「ゆうなさん、馬いますよ」
みずなが指差す方を見ると、パドックと書かれたエリアに、本物の馬が歩いていた。
「本当だ」
「なんか、不思議な感じですね」
「うん」
僕たちは馬券を買いに来たわけじゃない。競馬を見に来たわけでもない。でも、目の前に馬がいる。この状況が、確かに不思議だった。
「せっかくだし、少し見てみる?」
「はい」
二人でパドックに近づいた。
馬は想像以上に大きかった。毛並みが艶やかで、筋肉質な体つき。蹄の音が地面に響く。馬の息も白く、寒さを物語っていた。
「きれいですね」
みずなが小さく呟いた。
「うん」
馬の周りには、ジョッキーや関係者らしき人たちがいて、何かを真剣に話している。その表情は、プロフェッショナルそのものだった。
「この馬たち、これから走るんですかね」
「多分ね」
「応援したくなりますね」
みずなが馬を見つめながら言った。僕も同じ気持ちだった。馬券は買わないけど、頑張ってほしいと思った。
場内アナウンスが流れた。
「まもなく第9レース、発走時刻です」
周りにいた人たちが、ざわざわと動き始めた。みずなが僕を見た。
「どうします?」
「見てみる?」
「見ましょう」
二人でスタンドの方に歩いた。
スタンドは思ったより広く、座席がたくさんあった。でも、座っている人はまばらで、ガラガラと言っていいくらいだった。
「空いてますね」
「うん、思ったより全然人いないね」
「ゆっくり見れそうです」
みずなが嬉しそうに言った。去年の東京駅前の人混みを思い出して、今年はこれでよかったんだ、と思った。
スタンドの前方に立って、トラックを眺める。
ファンファーレが鳴り響いた。
「あ、始まるみたいです」
みずなの声が少し弾んでいる。
ゲートが開いて、馬たちが一斉に飛び出した。
「うわあ」
みずなが小さく声を上げた。
馬たちが駆ける。蹄の音、騎手の掛け声、観客の歓声。すべてが混ざり合って、独特の雰囲気を作り出していた。
「すごい迫力ですね」
僕も思わず見入ってしまった。テレビで見る競馬とは、全然違う。生の迫力があった。
馬たちが目の前を駆け抜ける。風を切る音。呼吸の音。すべてが生々しく、リアルだった。
レースは2分ほどで終わった。
「終わっちゃいましたね」
みずなが少し名残惜しそうに言った。
「うん。でも、すごかったね」
「はい。馬券買ってないのに、なんかドキドキしました」
みずなが笑った。僕も笑った。
「ゆうなさん」
「ん?」
「私たち、何しに来たんでしたっけ」
みずなが真顔で言った。
「イルミネーション」
「そうでした」
二人で顔を見合わせて、笑った。
競馬場に来て、馬を見て、レースを見て。本来の目的をすっかり忘れていた。
「でも、楽しかったね」
「はい」
みずなが頷いた。
「イルミネーション、何時からだっけ」
僕がスマホで調べると、午後7時半から点灯とあった。
「あと30分くらいだね」
「じゃあ、もう少しここにいましょうか」
「そうだね」
二人でスタンドの端の方に座った。座席は冷たかったけど、風が少しだけ弱まって、少しだけ楽になった。
「寒いね」
「寒いですね」
みずなが両手を擦り合わせている。マフラーの間から、白い息が漏れる。
「大丈夫?」
「大丈夫です。こういう寒さ、嫌いじゃないので」
「そうなんだ」
「はい。冬の夜の空気って、なんか好きなんです。澄んでる感じがして」
みずながそう言って、夜空を見上げた。僕も一緒に見上げる。
東京の夜空は、星があまり見えない。でも、確かに空気は澄んでいた。
「去年のイルミネーション、人多かったもんね」
僕がぽつりと言うと、みずなが少し驚いたような顔をした。
「覚えてたんですか?」
「うん。みずな、少し困ってたでしょ」
「…ばれてました?」
「少しね」
みずなが照れくさそうに笑った。
「人混み、苦手なんです」
「知ってる」
「ゆうなさんも、ですよね」
「まあね」
二人で小さく笑った。
僕たちは似ている。人混みが苦手で、静かな場所が好きで、ゆっくり話すのが好き。だから、朝5時まで話し込んでしまうこともある。
「今年は、ゆっくり見れそうだね」
「はい。嬉しいです」
みずなの言葉に、僕の胸が少し温かくなった。
みずなが喜んでくれるなら、それでいい。
ただ、それだけだった。
時間が過ぎて、周りの人もまばらになっていった。競馬のレースは終わり、帰る人が多いようだった。
「みんな帰っちゃいますね」
「イルミネーション、見ないのかな」
「もったいないですね」
みずなが少し残念そうに言った。
そのとき、場内のアナウンスが流れた。
「まもなく、イルミネーションを点灯いたします。皆様、どうぞお楽しみください」
「あ」
みずなが顔を上げた。
「そろそろみたいだね」
「はい」
二人で立ち上がって、トラックの方を見た。
カウントダウンが始まった。
「5、4、3、2、1」
そして。
一斉に、光が灯った。
「わあ…」
みずなが息を呑んだ。
競馬場全体が、イルミネーションに包まれた。
トラックの周り、スタンドの上、建物の壁面。すべてが光に彩られた。青、赤、緑、黄色。無数の電球が、冬の夜を照らしていた。
「きれい…」
みずなが小さく呟いた。
その横顔を、僕はそっと見た。
みずなの目が、光を映して輝いている。頬が少し赤くて、白い息を吐きながら、でも笑顔だった。
ああ、と思った。
みずなの笑顔が見たくて、僕はここに来たんだ。
それが、改めて確認できた気がした。
「ゆうなさん、あっち行ってみませんか」
みずなが指差した方には、イルミネーションのトンネルがあった。光のアーチが、いくつも連なっている。
「行ってみよっか」
二人でゆっくり歩いた。
イルミネーションのトンネルをくぐると、周りが光に包まれた。
「すごい…」
みずなが立ち止まって、周りを見回した。
僕も一緒に立ち止まる。
光のトンネルの中は、まるで別世界のようだった。冬の寒さも、周りの音も、すべてが遠くなって、僕たちだけの空間ができたような気がした。
「人、本当に少ないですね」
「うん」
周りを見渡しても、他に誰もいなかった。このイルミネーションを見ているのは、今、僕たちだけだった。
「贅沢ですね」
「本当にね」
みずなが嬉しそうに笑った。
僕たちはゆっくりと、イルミネーションの中を歩いた。
光の馬のオブジェがあった。
光の木があった。
光の花があった。
すべてがきらきらと輝いていて、まるで夢の中を歩いているようだった。
「都内でこんな場所があるなんて」
「知らなかったです」
「僕も」
二人で顔を見合わせて、また笑った。
笑うと、少しだけ体が温かくなる気がした。
「でも、来てよかったですね」
「うん」
「去年より、ずっといいです」
みずながそう言って、また光を見上げた。
その言葉が、僕の胸に染み込んだ。
去年より、ずっといい。
みずながそう思ってくれたなら、それで十分だった。
僕たちはさらに奥に進んだ。
イルミネーションの広場のような場所に出た。中央には大きな光のツリーがあって、周りにはベンチが置かれていた。
「座りますか?」
「うん」
二人でベンチに座った。
目の前には、光のツリー。周りには、無数のイルミネーション。そして、誰もいない静かな空間。
「なんか、不思議ですね」
みずなが呟いた。
「何が?」
「こんなにきれいなのに、人が少ないこと」
「確かに」
「もったいないですよね」
「でも、僕たちにとってはありがたいかな」
「…そうですね」
みずなが小さく笑った。
しばらく、二人で黙ってイルミネーションを眺めた。
静かだった。
時々、遠くで車の音がする。時々、風が吹いて、木の枝が揺れる。でも、それ以外は静かだった。
「ねえ、ゆうなさん」
「ん?」
「今、何時ですか?」
僕がスマホを見ると、午後8時を過ぎていた。
「8時過ぎだね」
「そうなんですね。なんか、時間の感覚がなくなってました」
「わかる」
みずなと一緒にいると、いつもそうだった。時間の感覚がなくなる。気づいたら朝5時、なんてことも何度もあった。
「ゆうなさんと話してると、いつもそうなんです」
みずなが少し照れくさそうに言った。
「僕も」
「本当ですか?」
「うん」
みずなが嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、僕も自然と笑顔になった。
「あのね、ゆうなさん」
「うん」
「今日、すごく楽しいです」
みずながまっすぐ僕を見て言った。
「よかった」
「競馬場なんて、来たことなかったし、馬も間近で見たことなかったし、イルミネーションもこんなにゆっくり見れたの初めてで」
みずなの言葉が、少しずつ溢れてくる。
「それに、100円で入れるなんて思ってなかったし、こんなに人が少ないと思ってなかったし」
「うん」
「すごく、意外でした」
「意外だったね」
「でも、その意外が、すごく楽しかったです」
みずなが笑った。
僕も笑った。
「また来たいね」
僕がそう言うと、みずなが大きく頷いた。
「来たいです」
「じゃあ、また来よう」
「はい」
みずなの返事が、少しだけ弾んでいた。
また来よう。
その言葉が、自然と口から出た。
みずなと、また来よう。
それが、当たり前のように思えた。
「ゆうなさん」
「ん?」
「私、ゆうなさんと一緒だと、いつも楽しいです」
みずなが少し恥ずかしそうに言った。
「僕も」
「本当ですか?」
「本当」
みずなが安心したように笑った。
その笑顔を見て、僕の胸が温かくなった。
みずなと一緒にいると、楽しい。
それは、間違いない事実だった。
「寒くない?」
「少し寒いですけど、大丈夫です」
「もう少しここにいる?」
「はい」
みずなが頷いた。
二人でまた、イルミネーションを眺めた。
光のツリーが、ゆっくりと色を変えていく。青から緑へ、緑から赤へ、赤から黄色へ。
「きれいですね」
「うん」
「なんか、夢みたいです」
「夢みたい?」
「はい。こんなにきれいな場所で、ゆうなさんと二人きりで、時間を気にせずにいられるなんて」
みずなの言葉に、僕は何も返せなかった。
ただ、胸が温かくなるのを感じた。
みずなにとって、この時間が特別なんだ。
それが、嬉しかった。
「ゆうなさん」
「ん?」
「ありがとうございます」
「何が?」
「ここに連れてきてくれて」
「いや、別に…」
「でも、ゆうなさんが誘ってくれなかったら、私、ここに来ることなかったと思います」
「そうかな」
「そうです」
みずなが笑った。
「だから、ありがとうございます」
「…こちらこそ」
僕も小さく笑った。
みずなが喜んでくれるなら、それでいい。
その気持ちが、改めて確認できた。
しばらくして、みずなが立ち上がった。
「もう少し、歩きませんか?」
「うん」
二人でまた歩き始めた。
イルミネーションの中を、ゆっくりと。
光の道を歩く。光の橋を渡る。光の庭を通る。
すべてが、きらきらと輝いていた。
「ねえ、ゆうなさん」
「ん?」
「今度は、どこに行きますか?」
「どこって?」
「また、どこか意外な場所、見つけてくださいね」
みずなが笑いながら言った。
「意外な場所?」
「はい。今日みたいな」
「プレッシャーだな」
「期待してます」
みずなが楽しそうに言った。
僕も笑った。
また、どこか。
みずなと、また、どこかに行く。
その未来が、自然と思い描けた。
「じゃあ、探しておくね」
「はい」
みずなが嬉しそうに頷いた。
二人でイルミネーションの出口に向かった。
光のトンネルをくぐり抜けると、また競馬場の暗い通路に戻った。
「あ、終わっちゃいましたね」
みずなが少し残念そうに言った。
「でも、また来れるよ」
「そうですね」
みずなが笑った。
二人で正面ゲートに向かって歩く。
「今日、本当に楽しかったです」
みずなが歩きながら言った。
「よかった」
「ゆうなさんは?」
「うん、僕も楽しかった」
「本当ですか?」
「本当」
みずなが安心したように笑った。
ゲートを出ると、また冷たい風が吹いてきた。
「寒いですね」
「寒いね」
二人で駅に向かって歩く。
「ねえ、ゆうなさん」
「ん?」
「今度、いつ会えますか?」
みずなが少し恥ずかしそうに聞いた。
「いつでも」
「本当ですか?」
「うん」
「じゃあ、また連絡しますね」
「うん」
みずなが嬉しそうに笑った。
駅に着いて、改札をくぐる。
「ゆうなさん」
「ん?」
「今日、ありがとうございました」
「こちらこそ」
「また、お願いします」
「うん」
みずなが頭を下げた。
僕も頭を下げる。
「じゃあ、気をつけて帰ってね」
「はい。ゆうなさんも」
「うん」
二人で別れて、それぞれのホームに向かった。
僕は天王洲アイル方面のホームに立って、電車を待った。
スマホを見ると、午後9時を過ぎていた。
3時間近く、一緒にいたんだ。
でも、全然長く感じなかった。
いつもそうだった。
みずなと一緒にいると、時間があっという間に過ぎる。
電車が来て、乗り込む。
窓に映る自分の顔を見ると、少し笑っていた。
今日は、いい日だった。
みずなが喜んでくれて、楽しんでくれて。
それが、何より嬉しかった。
スマホに、みずなからメッセージが届いた。
『今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました。また、どこか連れて行ってくださいね』
笑顔のスタンプが3つついていた。
僕は返信した。
『こちらこそ。また行こうね』
すぐに既読がついた。
そして、返信。
『はい!楽しみにしてます』
僕はスマホをポケットにしまって、窓の外を見た。
東京の夜景が流れていく。
12月の東京は寒いけれど、今日は温かい夜だった。
次の日、僕は朝からオフィスにいた。
週末のことを思い出しながら、コーヒーを飲む。
イルミネーション。
きらきらと輝く光。
そして、みずなの笑顔。
すべてが、鮮明に思い出された。
スマホを開いて、ネットで検索してみた。
「東京 意外なスポット」
いくつかの記事が出てきた。
水族館、博物館、庭園。
どれも面白そうだった。
でも、どれもみずなが喜んでくれそうか、考えた。
人が少なくて、ゆっくり過ごせて、意外性があって。
そんな場所。
探すのは、難しくない。
大事なのは、みずなと一緒に行くこと。
それだけだった。
スマホを閉じて、また仕事に戻る。
窓の外では、また曇り空だった。
でも、なぜか今日は、その空も悪くないと思えた。
その夜、みずなからメッセージが来た。
『ゆうなさん、今日ドンキ行ったんですけど、新しいスキンケア見つけました』
写真が添付されていた。韓国コスメのパックだった。
『おお、よさそうだね』
『でしょ?ゆうなさんも使ってみます?今度持って行きますね』
『ありがとう』
『あ、あとサウナの話なんですけど』
そこから、みずなのサウナの話が始まった。
僕は笑いながら、返信を続けた。
気づいたら、午前1時を過ぎていた。
『もうこんな時間ですね』
みずなからメッセージが来た。
『本当だね』
『また、やっちゃいましたね』
『ね』
『でも、楽しかったです』
『僕も』
『じゃあ、そろそろ寝ますね』
『うん、おやすみ』
『おやすみなさい、ゆうなさん』
メッセージが終わって、僕はスマホを置いた。
また、朝まで話しそうになった。
でも、それが嫌じゃなかった。
むしろ、心地よかった。
みずなと話していると、時間を忘れる。
それは、きっと悪いことじゃない。
12月も半ばを過ぎて、街はクリスマスモードになっていた。
オフィスの近くでも、イルミネーションが点灯し始めた。でも、どれも人が多くて、騒がしかった。
東京シティ競馬場の静けさが、恋しくなった。
みずなにメッセージを送った。
『また東京シティ競馬場、行く?』
すぐに返信が来た。
『行きたいです!』
『じゃあ、今週末は?』
『大丈夫です』
『じゃあ、また同じ時間で』
『はい!楽しみです』
スタンプがたくさん送られてきた。
僕も笑顔のスタンプを返した。
そして、週末。
大井競馬場前駅の改札で待ち合わせた。
「ゆうなさん」
みずなが笑顔で現れた。
「久しぶり」
「先週会ったばかりですけどね」
「そうだね」
二人で笑った。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
また、100円を払って、場内に入った。
「また来ちゃいましたね」
みずなが嬉しそうに言った。
「でも、来たかったんです」
「僕も」
二人で笑って、イルミネーションの方に歩いた。
今日も、人は少なかった。
今日も、静かだった。
今日も、二人きりのような時間だった。
「ゆうなさん」
「ん?」
「ここ、好きになりました」
みずなが笑いながら言った。
「僕も」
「また来ますか?」
「来よう」
「はい」
みずなが嬉しそうに頷いた。
光のトンネルをくぐりながら、僕は思った。
この時間が、ずっと続けばいいのに。
みずなと、ずっと一緒にいられたら。
でも、その気持ちを口にすることはなかった。
ただ、隣を歩くみずなの笑顔を見て、それだけで満たされた。
「ゆうなさん、あれ見てください」
みずなが指差した方には、光の馬のオブジェがあった。
「きれいだね」
「ですね」
二人で立ち止まって、光の馬を眺めた。
「ねえ、ゆうなさん」
「ん?」
「ずっと、こうしていたいですね」
みずなが小さく呟いた。
「うん」
僕も同じことを思っていた。
ずっと、こうしていたい。
みずなと、一緒に。
その気持ちが、胸の奥で静かに燃えていた。
でも、それを言葉にする必要はなかった。
きっと、みずなも同じ気持ちだから。
二人で、光の中を歩く。
12月の東京は寒いけれど、僕たちの心は温かかった。
そして、この時間が、きっとずっと続いていく。
そんな気がした。
イルミネーションの中央広場に着いて、また同じベンチに座った。
「ここ、落ち着きますね」
「うん」
みずなが光のツリーを見上げている。
僕も一緒に見上げた。
「ゆうなさん」
「ん?」
「私、思ったんですけど」
「何?」
「ゆうなさんと一緒にいると、いつも特別な気持ちになるんです」
みずなが少し照れくさそうに言った。
「特別?」
「はい。なんていうか、他の人と一緒にいるときとは違う感じ」
「…そうなんだ」
「ゆうなさんは、そう思いませんか?」
みずなが僕を見た。
僕は少し考えて、頷いた。
「うん、僕も」
「本当ですか?」
「本当」
みずなが嬉しそうに笑った。
「よかった」
「何が?」
「ゆうなさんも同じ気持ちだって知れて」
みずなの言葉に、僕の胸が温かくなった。
「みずな」
「はい」
「これからも、一緒にいろんなところに行こうね」
「はい」
「意外な場所、たくさん見つけるから」
「楽しみにしてます」
みずなが笑った。
その笑顔を見て、僕も笑った。
この時間が、ずっと続きますように。
そう、心の中で願った。
帰り道、駅のホームで別れる前に、みずなが言った。
「ゆうなさん」
「ん?」
「今日も、ありがとうございました」
「こちらこそ」
「次は、どこに行きますか?」
「どこがいい?」
「ゆうなさんに任せます」
みずなが笑った。
「じゃあ、考えておくね」
「はい」
「でも、また東京シティ競馬場にも来ようね」
「もちろんです」
みずなが嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、気をつけて帰ってね」
「はい。ゆうなさんも」
「うん」
二人で別れて、それぞれの電車に乗った。
窓に映る自分の顔は、また笑っていた。
今日も、いい日だった。
みずなと一緒に過ごせて。
それが、何より幸せだった。
スマホに、みずなからメッセージが届いた。
『今日も楽しかったです。次も楽しみにしてますね』
僕は返信した。
『こちらこそ。また連絡するね』
すぐに既読がついた。
『はい!待ってます』
僕はスマホをしまって、また窓の外を見た。
東京の夜景が流れていく。
12月の東京は寒いけれど、僕の心は温かかった。
みずなと一緒に、これからもたくさんの場所に行く。
たくさんの時間を過ごす。
たくさんの笑顔を見る。
それが、僕の願いだった。
そして、その願いは、きっと叶う。
そんな気がした。
その夜、家に帰ってからも、僕はずっとみずなのことを考えていた。
みずなの笑顔。
みずなの声。
みずなと過ごした時間。
すべてが、心地よかった。
スマホを開いて、また「東京 意外なスポット」で検索した。
次は、どこに行こう。
みずなが喜んでくれる場所。
人が少なくて、ゆっくり過ごせて、意外性があって。
そんな場所を、探す。
それが、僕の新しい楽しみになっていた。
検索結果をいくつか見ていると、一つの記事が目に留まった。
「都内の穴場プラネタリウム」
プラネタリウム。
みずな、星好きだったな。
この前、夜空を見上げたときのこと思い出した。
「冬の夜の空気って、なんか好きなんです。澄んでる感じがして」
みずなの言葉が、頭の中で蘇った。
プラネタリウムなら、星がたくさん見える。
しかも、穴場なら人も少ない。
これは、いいかもしれない。
僕は記事を保存して、スマホを閉じた。
次は、プラネタリウムに行こう。
みずなと、一緒に。
そう決めた。
数日後、僕はみずなにメッセージを送った。
『みずな、次はプラネタリウムに行かない?』
すぐに返信が来た。
『プラネタリウム?いいですね!』
『穴場らしいから、人少ないと思う』
『それは嬉しいです』
『じゃあ、今度の週末は?』
『大丈夫です』
『じゃあ、決定』
『はい!楽しみです』
スタンプがたくさん送られてきた。
僕も笑顔になった。
また、みずなと出かけられる。
また、みずなの笑顔が見られる。
それだけで、僕は幸せだった。
12月は、あっという間に過ぎていく。
でも、みずなと過ごす時間は、どれも特別だった。
東京シティ競馬場のイルミネーション。
プラネタリウム。
そして、これから行くたくさんの場所。
すべてが、僕たちだけの思い出になっていく。
「ゆうなさん」
みずなの声が、頭の中で響く。
「また、どこか行きましょうね」
「うん」
僕は心の中で答えた。
また、行こう。
みずなと、一緒に。
ずっと、一緒に。
12月の東京は寒いけれど、僕たちの未来は温かい。
そう、信じていた。
(終)
あとがき
初めて訪れた東京シティ競馬場で、ゆうなとみずなが見つけたのは、イルミネーションだけではありませんでした。
お互いを思いやる気持ち。
一緒にいたいという気持ち。
そして、これからもずっと、そばにいたいという気持ち。
12月の寒い夜、二人の心は少しずつ、でも確実に、近づいていきました。
その曖昧な関係が、二人にとっては心地よくて。
言葉にしなくても、わかり合える。
そんな関係が、きっと一番素敵なのかもしれません。
この物語を読んでくださった皆様、ありがとうございました。
あなたにも、大切な人と過ごす特別な時間がありますように。