ドンキの奇跡 ~配信トラブルが紡いだ想い~

深夜2時のドンキホーテ。週末の喧騒が嘘のように静まり返った店内で、二人が商品棚の前で立ち止まった。
「これ……何に使うんだろう?」
みずなが、手に取った商品のパッケージを不思議そうに眺めている。そこには中国語と英語で何やら効能が書かれているが、どう見ても用途が分からない。
「やっぱり、それ気になるよね」
隣から声がかかった。振り返るとゆうなが同じ商品を手に取っていた。
「あ、すみません。お先にどうぞ」
「いえいえ、お互い悩んでますね」
ゆうなが苦笑いを浮かべる。
それが、二人の出会いだった。
深夜のドンキホーテで、謎の商品を前に困惑する二人。まさか、この偶然の出会いが、後に何万人もの視聴者に愛される配信者コンビになるとは、この時は誰も想像していなかった。
第一章:触手マスクの悲劇
「えーっと、これは……何に使うんでしょうか?」
画面に映るのは、困惑した表情のみずなと、彼女の隣で同じく首をかしげるゆうな。二人の前には、あの日ドンキホーテで購入した「奇跡のリフトアップマスク(韓国製・効果絶大・1,280円)」が鎮座している。
それは、二人が初めて顔を合わせてから三ヶ月後のことだった。
深夜のドンキで意気投合した二人は、その後もたびたび店で遭遇するようになった。お互い都内在住で、偶然にも行きつけのドンキが同じだったのだ。最初は会釈程度だったのが、次第に商品について話すようになり、やがてはドンキで見つけた珍商品をLINEで共有し合う仲になっていた。
「ねえ、こんなに珍しい商品を見つけるの、私たちだけじゃもったいなくないですか?」
ある日、みずながそう提案した。
「確かに……配信とかしたら、面白いかもしれないね」
IT関連の仕事をしているゆうなは、配信の技術面なら任せてほしいと言った。みずなは、商品データの整理や視聴者コメントの管理なら得意だと答えた。
そうして始まったのが、この「ドンキ珍商品レビュー配信」だった。
「パッケージのモデルさん、確かに美人なんですけど……」みずなが恐る恐るマスクを持ち上げる。「この触手、何のためにあるんでしょう?」
透明なプラスチック製のマスクには、タコの足のような突起物が無数についている。さらに、なぜか電池ボックスまで付いているという謎仕様だ。
「普段からスキンケアはしてるので……試しに装着してみましょうか」
ゆうながマスクを手に取ると、みずなが驚いた顔をした。
「え?ゆうなさんが?」
「美容は性別関係ないですから」
ゆうなは本気だった。彼は日頃から美容に気を使っており、40代とは思えない若々しい肌を保っている。サウナや美容の話題で女性とも気さくに話せるのは、彼の人柄と美容への想いがあってこそだった。
「じゃあ、スイッチ入れますね」
マスクを顔にあてがい、スイッチを押した瞬間——
ブルブルブルブル!
「うわああああ!取れない!取れません!」
マスクが激しく振動し、触手が蛸のように踊り出す。ゆうながマスクを外そうと必死にもがくが、なぜか吸盤効果で張り付いて離れない。おまけに振動で声が震えている。
「ゆ、ゆうなさん!大丈夫ですか!?」
みずなが慌てて説明書を読み上げる。
「『装着後10分間は絶対に外さないでください。美容効果が台無しになります』って……」
「じゅ、じゅっぷん!?」
触手マスクをつけたゆうなが絶望の声をあげた。
配信画面の右側には、視聴者コメントが流れている。初回配信ということで、視聴者数は50人程度だったが、コメント欄は一気に盛り上がった。
【これは美容グッズじゃなくて拷問器具だろwww】 【ゆうなさん完全にタコになってるwww】 【初回からこのクオリティwww】 【この配信、絶対面白いやつだ】
「あ、あの、視聴者の皆さん……」
みずなが画面に向かって手を振る。その顔は心配そうで、それでいてどこか楽しそうだった。
「ゆうなさんはメンズ美容に詳しくて、女性の私よりもスキンケアを頑張ってるんです。サウナの入り方とか、肌の保湿方法とか、いつも教えてもらってて……」
「そうなんですか?」 【美容男子じゃん!素敵!】 【みずなちゃん、完全に惚れてる顔してるwww】
「え?」みずなが真っ赤になる。「そ、そんなことないです!ただの……その……」
【この二人絶対いい感じだろ!】 【付き合ってるの?】 【息ピッタリすぎんか?】
触手マスクのゆうなが、振動声で必死に弁明する。
「ぼ、ぼくたちは、た、ただの……ドンキ仲間で……」
【ドンキ仲間www新しい関係性www】 【恋愛相談コーナーやってよ!】 【この二人の恋愛観聞きたい!】
10分後、ようやくマスクが外れたゆうなの顔は、確かに少しツルツルになっていた。しかし髪はボサボサ、表情は完全に放心状態。
「……効果は、あったみたいですね」
みずなが優しく微笑む。その笑顔を見て、ゆうなは疲れが吹き飛んだような気がした。
「次からは一緒に商品テストしてもらえませんか……?一人だと心細くて」
「はい、もちろんです」
みずなは嬉しそうに頷いた。
「あ、そうだ」ゆうなが画面を見る。「視聴者さんからのリクエストで、恋愛相談コーナーも始めましょうか」
「え?恋愛相談ですか?」
「おれたち、得意じゃないですけど……二人で考えれば、何かいいアドバイスができるかも」
「そ、そうですね!じゃあ、次回から恋愛相談も受け付けます!」
こうして、史上最もカオスで、最も微笑ましい「ドンキ商品レビュー&恋愛相談配信」が始まった。
触手マスクの洗礼を受けたキッチンで。
第二章:深夜5時までの会話
配信は、予想以上の好評だった。
初回の触手マスク事件の動画は、SNSで拡散され、翌週の配信では視聴者数が500人を超えた。三ヶ月後には3,000人、半年後には10,000人を超える人気配信へと成長していた。
週に一度、土曜日の夜9時。それが二人の配信時間だった。
「今週のドンキ珍商品は……じゃん!『謎の多機能キッチンツール』です!」
みずなが商品を掲げる。パッケージには12通りの使い方ができると書いてあるが、どう見ても怪しい。
「これ、おれも見ました。パッケージの写真、明らかに合成ですよね」
「ですよね!でも780円だったので、つい買っちゃいました」
二人の掛け合いは、回を重ねるごとに自然になっていった。最初は緊張していたみずなも、今では笑顔でカメラに向かって話せるようになっている。
「じゃあ、使ってみましょうか」
スイッチを入れると、今度は無事に正常動作。皮むき器として、栓抜きとして、缶切りとして、なぜか栄えない機能ばかりが搭載されていた。
「これ、全部別々の道具でよくないですか?」
「確かに……でも、これ一つあれば場所を取らないっていうメリットは……」
「ゆうなさん、無理やりフォローしなくていいですよ」
みずなが笑うと、ゆうなもつられて笑った。
【この二人の空気感好き】 【見てるだけで癒される】 【今週も安定のクオリティwww】
商品レビューが終わると、恋愛相談コーナーの時間だ。
「では、今週の相談です」ゆうなが画面を見る。「『好きな人がいるんですが、告白する勇気が出ません。どうしたらいいでしょうか』」
「うーん、難しいですね」みずなが考え込む。「でも、気持ちを伝えないまま後悔するよりは、勇気を出して伝えた方がいいと思います」
「おれもそう思います」ゆうなが頷く。「ただ、タイミングは大事ですよね。相手の状況も考えて、無理に伝えるんじゃなくて、自然な流れで」
「そうですね。まずは、相手との距離を縮めることから始めるのはどうでしょう?共通の趣味とか、話しやすい話題を見つけて」
「それいいですね。おれたちも、ドンキで珍商品について話すところから始まりましたし」
「そうでしたね」みずなが懐かしそうに笑う。「あの時は、まさかこんな風に配信するようになるとは思ってませんでした」
二人の会話は、視聴者から見ても心地よいものだった。押し付けがましくなく、でも真剣に考えている様子が伝わってくる。
【この二人の恋愛観、すごく健全で好き】 【無理に告白させようとしないところがいい】 【ゆうなさんとみずな、絶対お似合いだよ】
配信は夜11時に終了した。
「それでは、また来週!」
「バイバイ!」
カメラをオフにすると、ゆうなが大きく伸びをした。
「お疲れ様でした」
「みずなもお疲れ様。今日も楽しかったね」
「はい!」
配信が終わった後、二人はいつものように片付けをしながら雑談を始める。これが、二人の一番好きな時間だった。
「そういえば、今日スーパーで面白いもの見つけたんですよ」
みずなが嬉しそうに話し始める。
「何ですか?」
「納豆のタレが、なぜかカレー味だったんです」
「カレー味の納豆タレ?」ゆうなが目を丸くする。「それは斬新ですね」
「でしょう?つい買っちゃいました。明日食べてみます」
「感想、後で教えてね」
「はい!あ、それとこの前ゆうなさんが教えてくれたサウナに行ってきたんです」
「どうでした?」
「すごく良かったです!ロウリュのサービスがあって、汗が滝のように……」
話題は次から次へと尽きない。
ドンキホーテの新商品について。お気に入りのスーパーについて。最近見つけた美味しいお店について。サウナについて。美容について。音楽について。旅行について。
気づけば、窓の外が明るくなり始めていた。
「あ、もうこんな時間……」
時計を見ると、朝の5時を回っている。
「ごめん、またつい話し込んじゃって」ゆうなが申し訳なさそうに言う。
「いえ、私も楽しくて。ゆうなさんと話してると、時間を忘れちゃいます」
みずなが笑う。その笑顔は、配信中よりもずっと自然で、柔らかかった。
「おれもだよ。みずなと話してると、なんだか落ち着くんですよね」
二人は顔を見合わせて、少し照れくさそうに笑った。
こんな夜が、何度もあった。
配信が終わった後、片付けをしながら話し始めて、気づいたら朝になっている。そんな時間が、二人にとって何よりも大切なものになっていた。
第三章:気づき始めた気持ち
「今週の相談は……『付き合ってもいない相手に、毎日連絡してしまいます。これって迷惑でしょうか?』」
ゆうなが相談文を読み上げる。8ヶ月目の配信。視聴者数は15,000人を超えていた。
「うーん」みずなが考える。「相手の反応次第じゃないでしょうか。ちゃんと返信してくれているなら、嫌がられてはいないと思います」
「そうですね。でも、返信が遅かったり、短文だけだったりすると、ちょっと考えた方がいいかも」
「でも、私は毎日連絡くれる人がいたら嬉しいです」みずなが小さく呟く。「その人のことを考えてくれてる、ってことですよね」
「みずなは、優しいからね」
ゆうなが微笑む。その笑顔を見て、みずなの胸が少しざわついた。
最近、こんなことが増えている。
「みずな?大丈夫?」
「え?あ、!大丈夫!」
慌てて笑顔を作る。
「あ、そうだ」みずなが話題を変える。「来週、配信1周年じゃないですか」
「そうですね。何か特別なことしようか」
「はい!ドンキで商品を大人買いしてレビューするとか」
「いいですね。視聴者さんにも感謝を伝えたいですし」
二人は、1周年記念配信の企画を立て始めた。
しかし、その配信が、二人の関係を大きく変えることになるとは、まだ知る由もなかった。
第四章:配信トラブル
「皆さん、こんばんは!」
「今日は、配信1周年記念です!」
画面に映る二人は、いつもより少しおしゃれをしていた。みずなは淡いブルーのワンピース、ゆうなは白いシャツ。視聴者数は、開始5分で20,000人を突破していた。
【1周年おめでとう!】 【いつも楽しみにしてます!】 【この配信に出会えて良かった】 【ゆうなさんとみずなさん、ありがとう】
「ありがとうございます」ゆうなが画面に向かって頭を下げる。「1年前、触手マスクで苦しんでいた時は、まさかこんなに続けられるとは思ってませんでした」
「私も、最初は緊張しすぎて何も話せなかったのに……今では、この配信が週の楽しみになってます」
みずなが笑う。
「では、記念の商品レビューいきましょう!今日は特大サイズです!」
二人が掲げたのは、巨大な段ボール箱。中には「スーパーマルチクッキングマシーン(中国製・夢の調理器具・8,800円)」が入っている。
「これ、炊飯も煮物も揚げ物も全部できるらしいですよ」
「パッケージには『革命的』って書いてありますね」
「前も『革命的』って商品ありましたよね……あれ、結局なんだったんだろう?……」
その時だった。
画面が突然フリーズした。
「あれ?」ゆうなが配信用PCを確認する。「映像が止まった?」
「回線、切れちゃいました?」みずなが不安そうに尋ねる。
「ちょっと確認しますね」
ゆうながPCを操作する。しかし、何度確認しても映像は復旧しない。
「うーん、完全にクラッシュしてますね。再起動が必要かも」
「そうなんですね……」
二人は肩を落とした。せっかくの1周年記念配信なのに。
「すみません、今日は一旦ここまでにして、来週リベンジしましょうか」
「そうですね……残念ですけど」
ゆうなが配信を終了する操作をした。画面が真っ暗になる。
「はぁ……」二人は同時にため息をついた。
「配信、止まっちゃいましたね」みずなが残念そうに呟く。
「ごめんなさい。せっかくの1周年なのに、おれの機材管理が甘くて」
「いえ、ゆうなさんのせいじゃないですよ。機械のことですから、しょうがないです」
みずなが優しく微笑む。
二人は、配信が完全に止まったと思っていた。
しかし——
実は、音声だけは流れ続けていた。
映像は止まっていたが、マイクは機能していたのだ。配信画面には「接続中」の文字が表示され、音声だけが視聴者に届いている状態だった。
視聴者は、そのことに気づいていた。
【映像止まってるけど、音声は聞こえるぞ】 【これ、二人気づいてない?】 【黙って聞いてよう】 【神様、このまま本音を聞かせてください】
コメント欄は、一気に静まり返った。誰もが、これから始まる二人の本音トークを、息を潜めて待っていた。
「まさか、1周年でトラブるとは思いませんでしたね」ゆうなが苦笑する。
「でも、配信してなくて良かったです」みずなが小さく笑う。「こういう時って、焦っちゃいますから」
「そうですね。視聴者さんに見られてたら、もっと焦ってました」
ゆうながホッとしたように息を吐く。
「……あの、ゆうなさん」
「ん?」
「配信、1年続きましたね」
「本当に、あっという間でした」
「最初は、こんなに長く続けられるとは思ってなかったです」みずながしみじみと言う。「でも、続けられたのは……ゆうなさんがいてくれたからです」
「おれも同じだよ。みずながいなかったら、とっくに諦めてたよ」
二人は向かい合って座った。カメラはもう回っていない(と思っている)。だから、普段は言えないことも、自然に言葉になっていく。
「ゆうなさんと一緒にいると……」みずなが少し躊躇してから続ける。「ありのままの自分でいられるんです」
「……え?」
「いつも、人前だと緊張しちゃって、うまく話せないんです。でも、ゆうなさんといると、飾らなくていいって感じられて。こんなに楽なんだなって」
みずなの声は、いつもより少し震えていた。でも、それは緊張ではなく、本当の気持ちを伝えようとする勇気の震えだった。
「この1年、本当に楽しかったです。配信も楽しかったけど、配信が終わった後、ゆうなさんと朝まで話すのが、一番好きな時間でした」
視聴者たちは、固唾を呑んで聞いていた。
【みずな……】 【これ、告白じゃん……】 【泣ける】 【ゆうなさん、ちゃんと受け止めてあげて】
「おれも……」
ゆうなが静かに口を開いた。
「おれも、みずなと過ごす時間が、一番好きです」
「……本当?」
「はい。みずなの笑顔を見てると、自然に笑えるんです。こんな風に、素直に気持ちを話せる相手って、今まで出会ったことがなくて」
ゆうなの声は、いつもの優しいトーンのまま。でも、そこには確かな想いが込められていた。
「この配信を始めて、本当に良かったと思ってます。もちろん、視聴者さんとの出会いも嬉しいですけど……一番嬉しかったのは、みずなともっと仲良くなれたことです」
「ゆうなさん……」
「みずながいてくれるから、毎週の配信が楽しみだし。みずなの『それいいですね!』って言う声が聞きたくて、ドンキで珍商品を探してもあるからね」
「私もです」みずなが微笑む。「ゆうなさんが喜んでくれる顔が見たくて、スーパーで変な商品を探してます」
「ええ?そーなの?確かに気になっちゃって探しちゃうよね」
二人は静かに笑い合った。
「あの、ゆうなさん」
「どうしたの、改まっちゃって」
「これからも、ずっと一緒に配信していいですか?」
「もちろん。というか、おれからお願いしたいくらいです」
「良かった……」
みずなの声は、安堵と嬉しさでいっぱいだった。
視聴者たちの目には、涙が浮かんでいた。
【これは……美しい】 【音声だけなのに、二人の気持ちがすごく伝わる】 【こんなに優しい告白、初めて聞いた】 【ずっと応援してる】
「そろそろ、機材の再起動してみましょうか」ゆうなが立ち上がる。
「はい」
二人は何も知らずに、PCの再起動作業を始めた。
数分後、映像が復旧した。
画面に二人の姿が映し出される。
そして、コメント欄を見た瞬間——
「え……?」
二人は絶句した。
【おかえりなさい!】 【映像復活!】 【さっきの会話、全部聞こえてましたよ】 【音声だけ生きてました】 【おめでとうございます!】 【ずっと応援してました!】 【二人とも、本当におめでとう】
コメント欄は、祝福のメッセージで埋め尽くされていた。
「え……嘘……」みずなが真っ赤になる。
「全部……聞かれてた?」ゆうなも顔が赤くなる。
二人は顔を見合わせて、同時に頭を抱えた。
「あああああ……」
「恥ずかしい……」
しかし、視聴者からのコメントは温かいものばかりだった。
【恥ずかしがる二人も可愛い】 【これが聞けただけで、1年間応援してきた甲斐があった】 【ドンキの神様、ありがとう】
「あの……」ゆうなが勇気を出して口を開く。「視聴者の皆さん、聞いちゃっていましたか……?」
画面に「はい!」の文字が溢れる。
「そう、ですか……」
ゆうなが苦笑いしながら、隣のみずなを見る。みずなも、恥ずかしそうに笑っている。
「じゃあ、改めて」ゆうなが画面に向き直る。「これからも、二人で配信を続けていきます」
「はい。これからもよろしくお願いします」
みずなも頭を下げる。
【応援してます!】 【ずっと見守ります!】
画面は、祝福のコメントで埋め尽くされた。
配信トラブルが、二人の本当の気持ちを引き出してくれた。
そして、何万人もの視聴者が、その瞬間を温かく見守っていた。
第五章:新しい始まり
1週間後の土曜日、夜9時。
「皆さん、こんばんは!」
「こんばんは!」
画面に映る二人は、いつもと変わらない笑顔だった。でも、どこか雰囲気が違う。隣に座る距離が、少しだけ近くなっていた。
視聴者数は、開始1分で30,000人を突破していた。先週の配信トラブルの動画は、SNSで大きく拡散されていたのだ。
【待ってました!】 【今週も楽しみにしてました】 【二人の雰囲気、変わったね】 【幸せそう】
「えっと、先週は……すみません、大変お騒がせしました」ゆうなが少し照れくさそうに頭を下げる。
「配信トラブルで、恥ずかしいところをお見せしてしまって……」みずなも真っ赤になりながら続ける。
【全然恥ずかしくないよ!】 【素敵でした】 【むしろありがとう】 【配信トラブルに感謝】
「皆さん、温かいコメントをたくさんいただいて、本当にありがとうございます」
ゆうなが画面に向かって深々とお辞儀をする。
「これからも、二人で配信を続けていきますので、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします!」
みずなも笑顔でお辞儀をした。
「では、今週の商品レビューいきましょう!」
「今日は、先週レビューできなかった『スーパーマルチクッキングマシーン』のリベンジです!」
二人は、いつものように商品を取り出す。巨大な段ボール箱から、謎の調理器具が現れた。
「毎回思うんだけど、よくこういうの見つけてこれるよね。自分で言うのもなんだけど。さて、これ、本当に全部できるんでしょうか」
「パッケージには『炊飯・煮物・揚げ物・蒸し料理・ヨーグルト作り』って書いてありますね」
「ヨーグルト!?」
二人のいつもの掛け合いが始まる。視聴者たちは、安心したようにコメントを流す。
【この二人の掛け合い、やっぱり最高】 【何も変わってなくて安心した】 【でも、ちょっと距離近いよね】 【それがいいんだよ】
調理器具は、思いのほか優秀だった。ご飯も炊けるし、カレーも作れる。揚げ物は少し怪しかったが、なんとか形にはなった。
「これは……当たり商品じゃないですか?」
「めずらしいですね。ドンキの商品で、こんなにちゃんと機能するの」
「でも、やっぱりサイズが大きすぎて、一人暮らしには向かないかも」
「二人暮らしなら、ちょうどいいかもしれませんね」
ゆうながそう言った瞬間、みずなが真っ赤になった。
「に、二人暮らし……」
【おっ!?】 【これは……】 【もう同棲の話してる!?】 【早い早い早いwww】
「あ、いや、その……一般論として!」ゆうなも慌てる。「将来的に、もし、そういう状況になれば、という……」
【ゆうなさん、焦ってるwww】 【可愛すぎる】 【もういいじゃん、堂々としてていいよ】
二人は顔を見合わせて、照れくさそうに笑った。
商品レビューが終わり、恋愛相談コーナーの時間になった。
「では、今週の相談です」ゆうなが画面を見る。「『付き合って1ヶ月の彼氏がいます。でも、まだ手もつないでいません。このペースって遅いでしょうか?』」
みずなが考え込む。
「うーん、人それぞれだと思います。焦る必要はないんじゃないでしょうか」
「そうですね。大切なのは、二人が心地いいペースで進むことだと思います」
ゆうなが続ける。
「お互いのことを知っていく時間も、とても大切ですから。ゆっくりでいいと思いますよ」
【説得力ありすぎる】 【二人も、そういうペースなんだろうな】 【ゆっくり進んでいく恋愛、素敵】
「それに……」みずなが少し恥ずかしそうに続ける。「手をつないでいなくても、一緒にいるだけで幸せって感じられるなら、それが一番大切なことだと思います」
「みずなの言う通りですね」
ゆうなが優しく微笑む。その笑顔を見て、みずなも嬉しそうに笑った。
視聴者たちは、二人のやり取りを温かく見守っていた。
【この二人、本当に幸せそう】 【見てるこっちまで幸せになる】 【ドンキ商品レビューから始まったって意外性が最高すぎる】
配信は、いつものように夜11時に終了した。
「それでは、また来週!」
「バイバイ!」
カメラをオフにすると、二人は同時にため息をついた。
「緊張しましたね」
「はい……先週のことがあったから、余計に」
みずなが笑う。
「でも、楽しかったです」
「おれもだよ」
ゆうなが立ち上がり、片付けを始める。みずなも手伝おうとした時、ゆうなが小さく言った。
「あの……みずな」
「はい?」
「今日、帰りにちょっと……夜食でも食べに行きませんか?」
「え?」
「配信終わると、いつもお腹空くので……」
ゆうなが照れくさそうに笑う。
「はい、行きます!」
みずなが嬉しそうに答えた。
二人は片付けを済ませると、外に出た。深夜の街は、静かで心地よい風が吹いていた。
「どこ行きましょうか」
「そういえば早朝に築地に朝ご飯行きたいねって言ったの覚えてる?今から行っちゃう?」
「いいですね、行きましょう」
二人は並んで歩き始めた。
そして、ゆうなが自然に手を差し出した。
「……いいですか?」
みずなは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに笑顔になって、その手を握った。
「はい」
二人の手が、初めて繋がった。
配信では言えなかったこと、配信では見せられなかったこと。それは、二人だけの大切な時間の中で、少しずつ形になっていく。
「ゆうなさん、手、温かいですね」
「みずなもね」
二人は顔を見合わせて笑った。
夜の街を、二人は手を繋いで歩いていく。
ドンキホーテの看板が、遠くで光っていた。あの場所で出会った二人が、こうして手を繋いで歩く日が来るなんて。
運命は、時に思いもよらない形でやってくる。
そして、二人はその運命に、素直に身を任せることにした。
エピローグ:ドンキの奇跡
それから3ヶ月後。
「皆さん、こんばんは!」
「こんばんは!」
画面に映る二人は、いつもと変わらない雰囲気だった。隣に座る距離もちょうどいい、それで時々、自然に肩が触れ合う。
視聴者数は、50,000人を突破していた。
「今日は特別なお知らせがあります」ゆうなが真剣な顔で言う。
視聴者たちがざわめく。
【え、まさか配信終わるの?】 【やだやだ】 【ずっと続けてほしい】
「安心してください」みずなが笑う。「配信は続けます」
視聴者たちがホッとする。
「実は……」ゆうなが嬉しそうに続ける。「おれたち、会社辞めて一緒に会社作ろうってことにしました」
【えええええ!?】 【おめでとう!!】 【ついにか!】 【幸せになってね】
「はい、来月から本格始動します」みずなも笑顔で答える。「案件でやらないので、配信も『がちでドンキ商品レビュー』としてリニューアルします」
【最高すぎる】 【全力で応援します】 【ドンキの神様、本当にありがとう】
「これも全て、あの配信トラブルのおかげです」ゆうながしみじみと言う。「もし、あの時トラブルがなかったら、、、」
「そうですね」みずなが頷く。「あの時、音声だけが流れていて、視聴者さんたちが見守ってくれていたから、素直に気持ちを伝えられました」
「だから、視聴者の皆さんには本当に感謝しています」
二人は画面に向かって深々とお辞儀をした。
【こちらこそありがとう】 【二人の配信があったから、毎週楽しみができた】 【これからもずっと応援してる】
「では、今週の商品レビューいきましょう!」
「今日は『二人暮らし特集』です!」
二人は、楽しそうに商品を取り出し始める。
ドンキホーテで見つけた、便利そうで便利じゃない商品たち。それをレビューしながら、二人は笑い合う。
視聴者たちは、その様子を温かく見守っている。
配信が終わった後、二人はいつものように片付けを始めた。
「ねえ、ゆうなさん」
「なんだい?」
「今日も、話してて気づいたら朝までコース?」
みずなが笑顔で聞く。
「そーだね、いつも通りになるよね」
ゆうなも笑顔で答えた。
二人の会話は、いつまでも尽きない。
ドンキホーテの商品について。スーパーのお気に入りについて。美味しいお店について。巨大倉庫、今度いつ行く?音楽について。旅行について。そして、これから始まる二人の生活について。
話題は次から次へと溢れ出る。
窓の外が明るくなり始めても、二人は話し続ける。
これが、二人の日常。
そして、これからもずっと続いていく、二人だけの大切な時間。
深夜のドンキホーテで、謎の商品を前に困惑していた二人。
まさか、こんな未来が待っているなんて、あの時は想像もしていなかった。
でも、今は確信を持って言える。
これが、ドンキの奇跡。
配信トラブルが紡いだ、二人の小さな恋の物語。
あとがき
「ドンキ商品レビュー&恋愛相談配信」は、今日も続いている。
ゆうなとみずなは、今では一緒に仕事しながら、週に一度の配信を続けている。視聴者数は10万人を超え、多くの人に愛される配信になった。
二人が紹介する商品は、相変わらず当たりはずれが激しい。でも、それがいい。予想外の展開があるから、配信は面白い。
恋愛相談コーナーも続いている。二人は、自分たちの経験を踏まえながら、視聴者の相談に真摯に答えている。
「焦らなくていい」
「大切なのは、一緒にいて心地いいかどうか」
「素直な気持ちを、素直に伝えること」
二人のアドバイスは、いつもシンプルで温かい。
配信が終わった後、二人は今でも朝まで話している。話題は尽きることがない。
「ねえ、今度のドンキ、新しいコーナーができたらしいよ」
「本当?行ってみましょう」
「うん。明日、一緒に行こう」
二人の日常は、ドンキホーテと共にある。
そして、これからもずっと、二人はドンキで珍商品を探し続けるだろう。
なぜなら、それが二人の始まりだから。
そして、それが二人の幸せだから。
深夜のドンキホーテ。
今日も、どこかで誰かが謎の商品を前に困惑している。
もしかしたら、そこから新しい物語が始まるかもしれない。
ドンキの奇跡は、今日も続いている。
【完】
Special Thanks
- すべての視聴者の皆様
- ドンキホーテの謎商品たち
- あの配信トラブル
- そして、勇気を出して気持ちを伝えたすべての人たちへ
