どっちがいい?

4月に入り暖かくなったので東京もいつも以上に人が多い。そういえば昨日渋谷でDJした時もいつもよりお客さん多かったな。
そんな事を頭によぎりながら、4月の朝 5時はだいぶ日が昇って街も明るくなる。オールで寝ていないが僕は早朝の明るい街が好きだ。
雲一つない晴天だと僕はどうしてもお出かけしたくなってしまう。おおざっぱな場所は決めるが、その後は成り行きだ。前の彼女はデートプランを全て決めておかないと非常に機嫌が悪くなり、ご飯を食べに順番待ちになると決まって「何で予約していなかったの?」と不機嫌になる。怒った顔もかわいい、とは到底及ばず彼女の完璧主義について行けなかった。
みずなと新宿駅で待ち合わせして、1番線の電車に乗った。この電車、いつも通勤で使っているけど休みの日に乗ると違った感じが湧き出てくる。1人の共用空間だが、今日は大切な人と一緒に同じ空間に入れる。誰かといるってこんなに違うのか、これがデートだから、とは全く違う。その要因は今でもわからないし、僕の脳がバグっていて現実はこうだからしっかりしな、と語りかけているのかもしれない。
目的地の駅に着き、地上に出るとどこからか香ばしいお肉がおいしく焼けましたよ、と言わんとばかりの香りが漂ってきた。どうやら近くでお肉フェスやっているようでどの方向かは2人でおおよそ予想はついていた。ちょっと言ってみようか、ちょっとなのかがっつりなのかは言ってみないとわからない認識は同じだっただろう。
僕は食べ物系のフェスの雰囲気が好きで1人で行っても寂しいとか、思わず1人であっちこっち見たりする。メニュー見て迷うのは極力やらない僕だが、これだけ種類があると迷うというより迷子状態だろう。ここはみずなチョイスでよいだろうな。そんな事を考えている前に既に「ここ、並ぼうよ」と決まったようで2人で脱線ばかりの話をしながらフェスを楽しんだ。
どのくらい時間がたったんだろう、あたりは暗くなり申し訳なさそうなイルミネーションが輝いていた。ベイブリッジの先には東京タワーも見える。
東京タワーって0時になるとライト消えるんだってよ。東京タワーからなぜか東京ばななの話になっていて、相変わらず僕の引き出しはシンプルだが彼女にとってその引き出しから出てくるものが楽しいようだ。「ねえ、今日何時に帰る?」とみずなが言い出したが、僕の中で1ピースのパズルがぴったり入り完成した寂しい風景が目の前に広がった。
「そういうことか。」何かをひらめいた得意げな表情になっているのは自分でも気づいている。
「デートの待ち合わせ時間は守るよ、でも帰る時間を決めてもオーバーするじゃん。」悪気はないけど自然の成り行きなのか、何時とも答えず帰路に向かおうとしない。他から見ても2人で楽しそうにしているのは十分伝わってくる。いや、むしろさっきよりヒートアップしているようだ。
「明日仕事なんだよね」、僕がいつも以上真剣な表情で言うが自分でも緊張感が全く伝わってないことに気づいた。そもそも帰る時間を決める意味すら持たないだろう。
みずなが「何も聞かないで、顔と全身、どっちがいい?」と聞いてきた。彼女の変化球にはもう慣れているが、いくらこの状況で頭をフル回転しても何も出てこない。万一ここでその意味が分かったとしても「絶対に言うなよ」と心の中の天使が急ブレーキをかけた。
「うーん、どっちかな。じゃあ全身」、緊張した声で僕は答えた。「本当にいいの?」みずならしく迷っているでしょといわんばかりで確認してきた。「そんなのわからんよ」と心の中で言うもみずなにあれこれ聞いても「いいから」、と濁されるだろう。
「じゃあこれ覚えておいて」と今日みずなが来ていた服を覚えさせられた。みずなの可愛らしさはもう分かっている、でも何の意味か何も思いつかない。彼女の事をわかっているつもりだったのか、と自分の中に物寂しさが押し寄せてくる。
どういう事だろう?と聞いても今はそうじゃなくて、とまたいつもの様にかわされるだろう。スルーという言葉が頭をよぎったが今はその真意がわかってる。
知恵の輪、よく見るととてもシンプルと気づくことがある。彼女が聞いてきた事を見方を変えたらすごくシンプルなんだろう。心地よく話しているだけなのに、複雑な想いの自分の気持ちがほどく事を抑止しているかもしれない。ほどける事でみずなの事をもっと知れるかもしれないが、自分の心が壊れてしまうかもしれない。
僕が葛藤している中で、みずなが微笑んでる。これからどうなるんだろう、と不安がよぎったが彼女を信じて僕は待つ事を決心した。